Atmosphere

1日、1日何もない。

時より自分が何のために生きているのか解らなくなる。

朽ちていく自分をどこか客観視している。

そうこう考えているうちに太陽は沈み、いくつものLEDが街を灯し始める。

陽が沈んだというのに東京は明るく夜でも光に溢れている。

その光は街・人が発する音が相重なることで強く大きくする。

 

その反面、影は強く濃く出る。

僕は家に閉じこもり、外気を羨ましがると共に孤立していることに気づかされる。

僕にとってこの6畳の部屋が世界であり、僕を囲う防御服だ。

 

こんな生活は惨めだが、居心地が良い。

電車が運転を止め、街の音も小さくなり、虫の声が聞こえる頃、僕は自問自答を始める。

答えは毎日同じ。

死にたいだけ。死ぬほどの苦労も味わったことないのに。死ぬ理由もないのに。

病気だと言ってしまえばそれだけなんだけど。

 

先日に医者からもらった診断書を初めて見た。

病名:そう鬱病Ⅱ型 発症時期:2009年頃

一度は克服したつもりでいたのに。

今になって成功体験だと思っていたものが、今の今までひきずっている事を知った。

今までの僕ならばそこに自己への嫌悪感と悲壮感を持っていたのに、何とも思わなかった。

あぁ、心が感情が薄れているんだな。

 

喜怒哀楽の全てが弱く、雰囲気だけ味わっているような。

悲しくもないのに、嬉しくもないのに出てくる涙は一体何なのだろうか。

汗をかくこともしないから、体内のいらない水分を涙として排出しているのかな。

 

あれこれ書いている時にふと思い出した事がある。

幼い頃、飼っていたハムスターが死んだ際に父親に燃えるゴミか生ゴミかを聞いて強く怒られた事があった。

父親は死んだ生き物は土に還してあげるんだと言い家の前の山野草が咲く庭に埋めた。

正直、その時、なぜ怒られたのか解らなかった。

今になって思えば一般論を知ったきっかけだった。雰囲気だけの一般論。

 

あぁ。。。この文章の締め方がない。

困った。。