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ないものねだり

北海道は未だ、春の訪れもなく寂しい。午前中は仕事へ生き、午後から部屋の整理を行いそのまま北海道へ。

 

私は散々としたまま、家を出た。

時期に僕はこの家を出る。いや、この街を出る。

社会の酸いも甘いも、愛も絶望も味わったこの街から。

次住む街は何処へ。

 

ただ、4月6日で何もかも解る。

ダメなら死

成功なら生

 

とても簡単な2択だ。

長かったよ。

気がつけば、同じ話ばかりしている。

 

まぁ、今の僕は生きていたところで、色々な人に迷惑をかけるだろうから、本当は死んだほうが良いのだろう。

肩の荷がおりたと安堵するものもいるだろう。

死ぬ前から、自分の記憶から僕を消した人も多いだろう。

それならそれで構わない。

 

僕がいることで、こらからの生活に悪影響を及ぼすこともあるかもしれない。

こんなことを書いていると、お前は何様だと思うだろう。確かに何様だ。

しかしながら本当にそういうこともあるんです。

僕と出会っていなければ、もっと優れた人と出会っていたかもしれない。

 

そんなかもなし論争しても仕方ないけれどね。

 

誰もいない、何もない、そんな場所で死ねたら最高だ。頭から死ぬことを想定して書いているけど、仮に生きてしまったらどうしようか、

Sunday Night

たくさんの人とお別れする日が刻一刻と迫ってくる。

またね。じゃあね。さよなら。元気でね。

別れの言葉は色々ある。

その人、その人へ合った言葉がある。

 

もう会うことはない人へは、さようなら。

機会があれば会うかもしれない人へは、じゃあね。

また、会いたい会おうとする人へは、またね。

 

僕はこれから色々な人へこれらの言葉を使うだろう。

本当は、さようならなんだけれど。

願いと嘘をこめて、またね と言う。

 

今度、○○しようね。○○行こうね。なんて約束はしない方が良い。

守れないから。嘘を重ねてしまうから。

 

僕の26年間は嘘の塊でした。

墓場まで持っていくものから、軽度のものまで、人生が嘘と言ってもいいでしょう。

わざとバレるような嘘もつくし、絶対にバレない様な嘘もつく。

たちの悪い人間です。

 

もう、嘘つくことに慣れてしまいました。

 

ここで書いている内容ぐらい、正直でいたいと思います。

さよならの向こう側には、何があるのだろう。

 

来年まで生きれる可能性は30%と低くはないようです。

統計学でいえば、30%は十分可能性を感じられる数字だそうです。

僕の知り合いの数学者はそう僕に勇気づけをしてくれました。

その人には、またね。と言いました。僕を生かそうとしてくれる一人だから。

 

死ぬことに恐怖はなくなりました。

嘘ではありません。だって考えたからって解らないもの。

でも、生きられるのなら生きたいです。

死にたいとか安易に使う人が多くいますが、その命を僕にください。と言いたくなります。でもそんなこと言っても叶わないから言いません。

 

頑張ってる人に頑張ってと言う人が~、みたいなダサい論争は僕はしたくありません。

 

どうせ若くして死ぬなら27歳で死にたいです。ロックでしょ。なんてね。

 

 

僕が好きな友人たちには、幸せになって欲しいです。生きて彼らと未来を共有したいです。

 

勿論、僕も幸せになりたいです。

僕を愛してくれる人と一生を添い遂げたいです。

少しハズいことを言いました。

 

さて、この街を出る準備を始めます。

Tokyoひとりぼっち も大詰めです。

 

 

そんなSunday Nightです。

お後がよろしいようで。

 

 

 

 

抜けた朝は

薬でバシッとキメた朝はとても気持ちの良いもの。

ただ、今日はそのぎゃく。

家にこもろう。

ほぼ、機能していないから。

 

左目の視力はほぼない。

あっけなかったな。

いっそ、目が見えなくなれば、見たくもないものを見なくて済むんじゃないのか?

時期にそうなって欲しいよ。

 

毎朝、毎晩、決まった量の薬を飲む。

なんてことはやめて、3日分ためて、それをまとめて飲む。

これが効く効く

僕はよく言うドラッグ中毒者なのだろう。

精神安定剤を粉砕し鼻から吸うなんてことはしないけれど。いや、してたか。

 

それでハイになって見えないモノまで見えてくる。それがとてもハッピーだよ。

音が形になって見えてくる。

周りの木々がもくもくと煙が上がるように大きくなる。

大麻なんかよりもよっぽど効くんじゃないかな。

 

こんなことをしてるから一つ一つ身体が退化し、出来ることも出来なくなる。

 

正直、以前のように指先も軽やかに動かなくなった。ギターもやめた。音楽をやめた。

楽器には怖くて触れない。

僕の大きな軸が倒れた。

今はブライアンイーノのいったく。

これを聴こえるか聴こえないかの音量で聴く。これが結構心地よい。

 

次はまともな人間なりたい。

 

world end

きてしまった。とうとう。

また、始まった。

 

もう一人の私

 

今日はそんな日ではないでしょ。

色々と変わったじゃないか。

 

猛烈な目眩に強烈な頭痛。

はぁ、この時ばかりはこうして文章を打ち頭を落ち着かせる。

 

手術だなんてしなくてもいいだろ。

する必要なんてないだろ。

 

手術したところでまた、再発するのだから。

知ってるよ。何度も経験したから。

 

脳に寂れた釘がぎちぎちと刺さる。

そんな感覚。

この苦しみは誰に伝えればわかってくれるのだろうか。

誰もいないよ。

 

死ぬ間際まで立たされたこの切迫感

ダメだ。限界だ。

時計を壊して

時間とはとても残酷だ。

後にも先にも進めない。ただ、その時がくるのを待つのみ。過ぎ去った時には思いを寄せるだけ。

仮に自分が時を進められるのならどこまで進めようか。

来月か再来月、もしくは10年後。

進めた分だけきっと後悔するのだろう。

もしかしたら、僕は来年にはいないかもしれない。そんな気もするし、90になっても生き続けているかもしれない。

その答えはずっと後にしか解らない。

 

一区切りつきそうな時は必ず何か落とし穴がある。

僕はその落とし穴に数々落ちてきた。

判断を間違えたとは思っていない。

それがその時、思っていたベストだから。

 

過去には戻りたいとはもう思えない。

正直、あの苦しい日々に戻るなんて恐ろしくてたえられない。

 

人間、どんな選択したところでたどり着く先は変わらない。

あのときこうしておけば。これからこうしていこう。正直、変わらないよ。

 

誰かに嫉妬し、何かに固執し、卑屈な夜を迎える。

今の卑屈さといえば、僕史上類をみないぐらいだよ。

 

 

薬の効果がきれ不安にかられ無理やり眠りにつく。そんな生活をもう1年以上続けている。ここ暫く安らかに眠れたことなんてないの。

気持ちよく目覚められたことなんてないの。

夜が怖く、朝は目障りだ。

 

ただ、死にたいとか、ここからいなくなりたいとか、そんな感情は薄まったよ。

正直、そんなことを思うことが面倒だから。

死ぬのはきまっている。 自ら命を断つか、病にのみ込まれるか、その時になったら解るんだろう。

未来の自分がどう選択するのか、そこは未来の自分に任せるよ。

 

今、僕がしなければならないのは、気持ちの波をおさえること。

地面が宇宙になる瞬間がある。この時の多幸感たるや時間の概念を僕から取り除き、違う世界へ連れていってくれる。

 

底の底には宇宙があったよ。

 

 

話は変わって。

小沢健二の新曲はいけすかない。

僕はやっぱりあの手の曲が嫌いだ。

そして、それを支持する全身、ハイブランドで着飾った人々も。

まるでバブルがはじけた90年代中頃を見ているかのよう。

 

音楽もファッションも映画も。。カルチャーそのものが。

 

流行とはまるで時計のようだ。

 

 

 

 

そのスイッチをONに

知らないうちに瞼が落ち、眠りにつく。

そして憂鬱な朝がやってくる。

朝を向かえる事ができるの?そんな不安と焦りが夜を包む。

 

そんな夜だからこそ、明るい声が響く。

どうでもよい話と音質の悪い音楽が交互に耳に届いてくる。

僕は夜の寂しさをラジオでごまかして生きている。

そんな生活をしてはや10年近く経過した。少し前にはそこに好きな人もいて、彼女の声を聴いて、そのまま、ラジオの電波に乗り、明るい夜を過ごした。

夢の様な時間だったよ。

 

なんて物思いにふけてみる。

 

それも今では救急車のサイレンに猫の奇声、電車の走る音と決して良い音ではない。。

 

心落ち着く夜がきてくれと毎夜毎夜、願うばかり。

 

おわり

Tokyo ひとりぼっち

長い長い闘病生活は続く。。

年明けに北海道で1週間滞在し、気温耐性を確認しながら、何が原因かを今一度探る。

甲状腺のリンパ球の数値にも波が在るんですってよ。

複雑化しすぎて、僕は今何をしないといけないのか正直、解らない。

手術をするのか、しないのか? 各診断医の見解が解らない。

もう、いっそ全てを放り投げてやろうか。

好きなことだけしてあっさり死のうか。

 

仕事ももう、どうでもよい。

ドイツへ とばされるのかと思いきや、他の候補もいるから無しねと。

解っているよ。一時の軽い判断で会社は社員を使う。殺すも生かすも簡単なこと。

もしくは治療へのモチベーションを与えるためのフェイクだったのか。だとしたら少し優しいよね。なんて。真相は解らない。

 

生きていくのは、死ぬことよりもずっとずっと大変。

言葉では簡単に言えるけれど。それはそれは壮絶ですよ。

解らない異変と戦うこと。

多くの人の信頼を失うこと。

ホラ吹きと罵られること。今にホラッチョって呼ばれるんだろうね

 

 

精神的ストレスも度を越えると何も思わなくなるんです。

嬉しいこともありません。

悲しいこともありません。

涙なんてもう出てきません。

 

唯一、笑うという行為だけが僕の感情表現です。

楽しいと面白いは近いようでまるで違うんでしょうね。悲しくても面白いものもある。

涙ながすような場面でも面白いものもある。

笑うだけが僕の感情です。

さみしいものだね。