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back to the life

世界が起きる。

ようやく今までの記憶が少しづつ戻ってきた。

断片的ではあるが、その人との関係性や、自分が好きなこと。

ただ、もう少し時間がかかりそうだ。

 

 

今日、術後初めてこのサイトを開いた。まぎれもなく僕のブログだ。

このブログに、どのようなことを書いていたのか、正直覚えていないが

僕の心のモヤモヤを書いていたのは事実のようだ。

 

一つ二つ読み返したみたが、心の闇の深さを認めた上で

ここを僕のはけ口の場所とし、唯一正直に物事を書き綴った場所だったのだと

理解した時は、虚しくなった。

僕の理解者は誰もいないのかと。

 

手術前に自分で貼ったであろうポストイットには

手術を終えたことをと誰々へ連絡するとだけ書かれていた。

正直、その誰々が誰なのかも、ここがどこなのかも、

僕自身が誰なのかも解らない状態だった。

視界すらもうっすらとしか見えず、左足はビクともしない。

何がどうなっているのか僕は知りたかった。

どうして?何?がという気落ちが先走ってしまったけれど、

電話口の女性は優しい声をしていた。

その女性が誰なのか知ったのはそれから4日後のことだったけれど。

 

術後、二日目からは日々、記憶を探すための自分への問いかけを勝手にしていた。

心臓が破裂しそうなほど苦しかった、一つ一つ思い出すたびに涙が出た。

怖かった。自分がどんな人間なのか思い出すのは僕には耐えられなかった。

 

一つ一つ、ゆっくりでいいよと側にいた女性もまた、誰だか解らない。

なぜ、この部屋にいて、なぜ僕に話しかけてくるのか。

毎日のようにやってきては、たわいもないことを僕に話してくる。

 

君は僕の恋人なのか?

そう問いかけてみるも首を横に振り、ただ側にいるだけと答える。

混乱とはこのことだ。

ただ、その子が聞かせてくれたラジオ番組はとても面白かった。

僕の好きな番組。僕の好きな人が話している番組。

僕の好きな人が聞いている番組。

そんな僕の好きなが詰まっている番組だと教えてくれた。

 

僕はこのまま生きていても良いのだろうか?

死を選ぶべきだったのではないだろうか?

 

このままでは僕は何もできないよ。

 

無意味だなぁ

 

旅の終わりに

この街を出る準備は終わった。

この街で出会った人々にもう正直会うことはないだろう。

人の出会いによって人は大きく変わる。

僕も変わった。

あの人、この人、色々な人に出会い色々な事を学んだ。

別れとは悲しいこととは限らない。

死ぬことによる別れは、死なれた方が悲しいかもしれないけれど、死ぬ方からしたら、対したことではないのだと思う。

もう会うことはないし、気にかける必要もない。

それはきっと楽なことなんだろう。

無の世界はきっと楽なんだろう。

 

第一、僕が死んだところで悲しむ奴はいるのだろうか。

こんな状況でも26年間は生きてきたんだ。数人程度はいるか。

逆に喜ぶものもいるだろう。逆にこっちの方が多いか。

○○、○○○、○○○○、○○○..........

 

僕は、僕の知らないところでまた一人、傷つけてしまったみたいだ。

その人にしてみれば近い将来、馬鹿げた話だったなと振り替えるだろう。

僕のいない未来はきっと笑えるだろうから。

 

普段は鳴らない風鈴が今日はやけに鳴り、落ちて粉々になった。

これは何かのお告げか。。。

それとも、迎えか。。。

 

目眩を振り切り、血を吐き出し、涙を流しながらトイレの中で悶え過ごす。こんな生活を毎日過ごすって結構ヤバイぜ。

少しでもハイになって眠りにつこう。

アスピリン精神安定剤を摂取して。

 

目が覚めたとき、そこが無の世界であればいいのに。そんなことを思いながら、眠りにつく。この世の終わりをそこにみたい。

アフターダーク

その日は突然やっくる。

考えたくはないけれど、いずれ向かえるであろうあの日を。僕はどんな気持ちで、過ごすのだろうか。そんなことを思うと胸が苦しくなります。

 

勝手に未来を求め、勝手に過去に固執し、勝手に死んでいく。

良きところなき終幕。

僕の26年間とはなんだったのだろう。

誰かに何かをしてあげられただろうか?

一時でも誰かを幸せにしてあげられたのだろうか?

何のための人生だったのだろうか。

産まれてきた意味などなかったのだ。

 

僕はこれまでの人生を悔いるよ。

今さら、何かできるなんてことはないから。

今はただただ懺悔する思いでこの世をいきるよ。残り僅かな数ヵ月を。

 

 闇を抜けた先に見えたのは、まるで宇宙のような無限に広がる闇でした。

ここに陽はのぼりません。月も私を照らすことはなく、そのものすらありません。

とてもとても嫌な空気です。  

 

誰か、僕を楽にしてくれ。

事故でもいい、事件でもいい。誰かこの心臓をとめてくれ。

僕に光をみせてくれ。

結果発表

そんなつもりで病院へ。

ありがとうございました。

とてもとても長い1年半でした。

 

この1年半で色々な事を学ばせてもらいました。

 

永遠なものなどない。

いざというとき、人は我を忘れる。

信用できるものなど、この世にはない。

世の中は不条理なことばかり。

 

プラスな面など一つもありやしませんでした。

今日も何処かで愛が溢れ、悲しみが募り、人が死ぬ。

生をうけるということはこういうことなのです。最期は悲しみでおわる。

 

手術しますか?

その言葉で私は、全てを悟りました。

 

お願いします。とだけ答えました。

やるだけのことはやっておこうと決めました。それが無意味なことであっても。 

意味に理由を求めるのもバカらしい話です。

何事も賭けでやってます。

 

まるで、道のはじに捨てられた空き缶のよう。美味しいところだけ取られて、なくなったら捨てられる。そして新しく買う。そのサイクルの一つになったと僕は思うのです。

最後のうまみをとられ、僕はこの地を去る。

 

素敵なシナリオです。

 

今日も強烈な頭痛と目眩、左半身を引きずりながら、生活をします。

いきるとはここまで辛いものなのか。

 

嬉しい、楽しい、悲しい、寂しい、そんな上部だけで生活できたら、さぞ幸せだっただろう。ほんと、底辺に限りはないな。

 

水曜日の朝。

最悪の状態での始まりです。

 

迷路 歩けども 歩けども

迷路を練り歩くように、行ったり来たりと意志が堂々巡りする。

ホントに怖いものだ。

世界が終わればいいのに。

何もかもなくなってしまえばいいのに。

 

僕だけがこんな週始まりを過ごすだなんて不公平すぎる。ふざけるな。皆、不幸になって消えてしまえばいい。

みたいなことを言ったところで、現実は何も変わらない。僕より不幸な奴はいくらでもいるから、贅沢を言っているようにも思える。言葉の崩壊。論理の希薄さが浮き出て仕方がない。バカが露呈されただけのこと。

いずれに死ぬのだから。。。

正直、生きていたところで、僕にはもう何もない。何も残っていない。生き残ったところでクズはグズ。廃棄される側にたつだけのこと。

こんな風な意味もわからない戯れ言ばかりを言うことで自分を何とか正常に保てている。

しかもそれを知らない誰かに公開しているのだから、僕は本当にマヌケだ。

 

トレインスポッティング2では20年たった現代でも人々は何かに依存して生きているとうたっていた。

TwitterFacebookInstagram 皆何か依存し、中毒者なのだと。

あぁ、その通りだと思った。

いつの間にかデジタルコンテンツに一喜一憂し、ああでもないこうでもないと、色々な裏のかきあいが行われている。

 

そんなものに何の意味があるのか.....

そう思う反面、僕もこうして依存して生きている。

抜け出さなければ。こんな架空の世界から。

今にも消えそうなロウソクの火を片手に。

 

呟くことに意味などない。今の気持ちを見せる必要はもうない。

僕は手始めにTwitterをやめた。

次は何をやめようか。

恥ずかしいものからやめていこうか。

 

最近、会う人、会う人に辛そうな目をしていると言われる。僕は何かあるとすぐに顔に出るけれど、目にまででてきたか。

もう、救い用のないほど腐った顔つきをしているんだろうね。

そういう意味ではサングラスをして良かった。奥を読まれてしまってははったりも嘘もつけやしない。

 

 

言いたいことはたくさんある。言わなければならないことも。

あいつにも、あいつにも、あいつにも、あいつにも......挙げればきりがないけれど。

言ったところで、そこには恨みと怒りしかないし、人を傷つけるだけ。ろくでもないな。自分が一番嫌いな相手は自分だ。

不幸だ、バカだなんだ言いながら自分が自分の死を一番望んでいる。

 

自分が一番ムカつくし、イライラする。

この世からいなくならなければならないのは僕そのものなのだから。

 

人生短し。されど悲しき。夜が開けたところでお開きです。

信号機の点滅に照らされて

今日という日が幸せでありますように。

そう思いながら、街を歩く。

僕がいるこの街はあの日、あの時、どういう状況だったのだろうか。

今、僕を照らす信号はあの時もこうして光っていたのだろうか。

 

3.11を向かえる度、私は生きたいと思える。

大きな波にさらわれた人。

瓦礫の下敷きになった人。

極寒に耐えられなかった人。

僕ら世代にとって一番突き刺さる出来事だと思う。

 

大手銀行が倒産した日

ビルに飛行機が突っ込んだ日

地下鉄に毒物が放たれた日

神戸の街並みが崩壊した日

僕が生まれてから今まで、色々な出来事が起きた。

 

でも、6年前の今日という日ほど脳裏に強く印象に残ってるものはない。

 

この悲劇的で残酷な過去は忘れることはないけれど、どうか今日という日が幸せでありますように。そう祈るよ。

 

ないものねだり

北海道は未だ、春の訪れもなく寂しい。午前中は仕事へ生き、午後から部屋の整理を行いそのまま北海道へ。

 

私は散々としたまま、家を出た。

時期に僕はこの家を出る。いや、この街を出る。

社会の酸いも甘いも、愛も絶望も味わったこの街から。

次住む街は何処へ。

 

ただ、4月6日で何もかも解る。

ダメなら死

成功なら生

 

とても簡単な2択だ。

長かったよ。

気がつけば、同じ話ばかりしている。

 

まぁ、今の僕は生きていたところで、色々な人に迷惑をかけるだろうから、本当は死んだほうが良いのだろう。

肩の荷がおりたと安堵するものもいるだろう。

死ぬ前から、自分の記憶から僕を消した人も多いだろう。

それならそれで構わない。

 

僕がいることで、こらからの生活に悪影響を及ぼすこともあるかもしれない。

こんなことを書いていると、お前は何様だと思うだろう。確かに何様だ。

しかしながら本当にそういうこともあるんです。

僕と出会っていなければ、もっと優れた人と出会っていたかもしれない。

 

そんなかもなし論争しても仕方ないけれどね。

 

誰もいない、何もない、そんな場所で死ねたら最高だ。頭から死ぬことを想定して書いているけど、仮に生きてしまったらどうしようか、