記憶の家に

あれやこれやで4月も中盤に。

GWなんてのは特に予定もなく、ただただ家に引きこもるそんな休みになりそう。

 

4月に入りようやく記憶も整理され心の安定期に入ったようだ。

ここ数日も精神鑑定やらなんやらやっていたけれど、そこで僕はある種の大きな疾患を抱えていることを知った。

DID ....

おーーー。。これで合点がつくところがたくさんある。 撮ってもない写真が携帯にあったり、食べてもない御弁当のゴミがいきなり部屋にあったり。。

自分の知らない自分がいる。

 

ただそれらをつなぐ家が頭の中にある。

 

僕の記憶の多くは色々なモノに紐付けされて記録されている。なにかを見ればなにかを思い出す、そんな記憶の仕方を幼い頃からしていたので、自分の知らない自分も癖で何かに紐付けして記憶していたりするようだ。

それらの記録は脳内に仮想で作り上げた家に収められている。

だいぶかっこよく書いて見たが、だいたいそんな感じ。

 

仲良く共存しているようではなさそうだし、多分だかその自分は暴力的であるだろう。

そんな自分になぜなったのかは、なんとなーくだが分かっている。

自分でいうのもなんだけど、僕はここ3年ぐらいとてつもなく不幸であることは間違いない。今まで味わったことのない苦しみが、もう1人の自分を作ったのだろう。

 

ただでさえ、自分はめんどくさい人間であるが、そこにプラス重度の異常性を持った人間が重なっていると思うと、僕という人間は害以外のほかでもないな。

 

今はまだ間接的にしか会ったことがない。

 

 

 

 

風の便りに

最近、以前お付き合いしてた彼女からちょくちょく連絡が来る。

昨日も、3日ぶりに携帯を開いたらメッセージがきていて、ほんの少し驚いた。

今でも気にかけてくれているのかな?

 

そういう人がまだいるということにも驚いた。

これはきっと有難いことなのだろう。

僕のことなんて、忘れ去られても仕方ないのにね。

 

たしかに先日、酔った勢いで電話をかけていたみたいだけど、その癖は未だに治っていないみたいで、少し笑えた。

何を話したかは正直、覚えていないけど、ラインが来たということは、クダ巻いたとかではなさそうだ。勘違いだったら怖い。

 

そういえば宇都宮つながりではないけれど、去年の今頃に福井の飲み屋で出会ったヤバめな女性から、数週間前に電話をした時は、あーだこーだ言うは、たいそう偉そうなことを言うわで、心底腹ただしかった。

人は選ぶべきだと反省。。

その時に知ったネットストーキングにもビビった。執着心とは恐ろしいもの。 

 

春とは何かを思い出すには良い時なのかもしれない。そんな時に全てを忘れてしまうのもどうかと思うけれど。。

全ては明日だな。

 

ひとまず、2018年3月19日の記憶をここに残す。

 

 

これといったことはなし

ここ数日、これといったことは何もない。

ただ、いつもと違うのは、ここが知らない施設の知らないベッドの上であるということ。

環境の変化にはなれた。僕の唯一の良いところは環境への順応性の高さだと思う。

これも色々繰り返してようやくっていったところ。

 

最近、ふとした時に色々なことを思い出す。

強烈に心に刺さる出来事ばかり。

今ならまだ耐えられる。

好き勝手に嘘つきよばわりし、クソほど文句言われたこと、とか。。ってそんなこと前にも書いてたから割愛。

 

それが近々、初見での体験として刺さる。

それはナイフが胸に刺さるかのような、とても強い痛みだ。

そんな痛々しい目にあうのなら余計な人付き合いなんてするもんではなかったと。

家族も含め全ての人が邪魔でうざったい。

だから誰もいないところにきた。

 

それなのに数週間前もいらないことをし、後悔した。なぜ、自分はあんなことをしたのだろう。どうして話そうとしたのだろう。ほんと余計なことをした。

自分が嫌になる。バカバカしいったらありゃしない。

 

不必要なものは捨ててきた、全てをリセットするために。ゲームオーバーになって復活呪文で教会からのリスタート、ドラクエ的な感じで。

最低限のことだけ覚えていればいいと思いメモを残した。

これで何もなく無事に手術が終われば、楽なんだけど。

ただ、言われたことは、失明することもある。それでも良いのであればと。

現時点で片目は色と形が認識できるぐらいだから、それは無くなっても別に構わないんだけど。

 

僕の人生は反骨精神だけだった。

それでしか僕は自己表現できなかった。

自分に対して反応精神みせられてるのかな?

そうでないから、どうなろうがあまり考えてないのだろう。

 

そして、最近、自分には自己がないことを知った。自分はこうしたい、ここに行きたい、これが食べたい とか他人との共有する中では、正直どうでもよかった。

なんなら人に合わせること自体、苦でもなければ、嫌でもなかった。なんなら楽とか楽しいとかもなかった。無でしかなかった。

そういう意味では僕は自分自身にも嘘ついて生きていたのかもしれない。

何が本当で何が嘘かすらわかってないけれど。

 

何が言いたかったというと、自分という人間、自分が過ごしてきた時間は、これといったことはなし。。

 

 

のうのうと脳のこと

手術して10ヶ月ほど経って普段の生活に少しずつ戻れてきたと思った矢先に激痛と目眩の連鎖。

久しぶりに味わうこの感じに生への執着心が僕を襲う。聴こえ始めたサイレンに安堵の気持ちもない。これから待っている拷問ともとれる苦痛が刻一刻と迫ってくる。

あぁ。。今まで少しずつやってきたことが一瞬にしてスタートラインに戻るのか。

そんなこんな思いながらタンカーへ乗せられ、永遠ともとれる同じ質問の応酬、意識が戻った時にはもう病院のベッドで横になっていた。

 

周囲が慌ただしい中、目を瞑ると走馬灯のように過去の出来事がフラッシュバックする。

それも思い出すだけで死にたくなるような僕の恥部の出来事。 

あの時、カッコつけて手を挙げたばっかりに恥かいたなとか、自分のパニック障害が初めて人の目に触れた時の周りの引いた顔、心壊れるような携帯のメッセージの文面など。

金輪際、思い出したくもない出来事ばかり。

死ぬときって本当は良い思い出が出るだろう!なんて突っ込んでいたら、まだ生きてるっていうね。

 

まだ、死なないのか。。 そんなことを考えているうちに、再手術の話を持ちかけられ、少しばかり時間をもらい今に至る。

 

どうしたものか。。。

多分また、去年の春先のように多くのことを忘れ、時間をかけて記憶を戻すんだろうな。

あの時の絶望をまた味わって、耐えられるのだろうか。

高校の頃に付きあった女性が亡くなったり、精神病院で仲良くなった奴が車に飛び込んでいったり、首を吊ろうと大きい木を探しに歩いたり、好きだった人が僕の過によっていなくなったり。。。全て初見で味わうような辛さが連鎖的にしかも強烈な痛みを伴って心にやってくる。

 

だれか助けてくれよ。。

ヒーローよ助けてくれよ。。

 

僕に希望をくれ。少しだけでも良い。

光をみせてくれ。

 

気取った不幸を演出して悦に浸っているバカが心底嫌いだ。自分なんて、私なんてと自分を卑下する奴が嫌いだ。

そんな奴らが望んでいるお涙頂戴、同情歓迎みたいなクソにもならないものなら、いくらでもやるよ。とっておきのリアルなヤツをやるよ。

 

職がなくなっても、金がなくなっても、愛した人を失い続けても、それでも生きたい。

だけど、同じ不幸を繰り返し思い出したくもない。

贅沢なこと言ってるか?

 

楽に生かせてくれよ。

Good night. forever....

おやすみ。

そう言って別れてから9年。

 

たまにふと思い出す。

 

あの子がまだ生きていたらと。

どんな話をしていたのかな?

どこに行ったのかな?

 

27歳とは思えない女子高生感出した文章にしてみたけれど、中身は何にもないね。

 

18歳で死んだから、もう9年か。

長いようで早くて、こっちは気がつけばアラサーだよ。

高校の図書室で町田康パンク侍、斬られて候を読んでいて、この本はロックだと思うって言ってたけど、9年経ってもまだ読んでないよ。

読もうと試みたけど3ページでダウンよ。

 

あぁ、正直語れるほどの思い出はないけれど、楽しかったよ。

 

いつ行けるか分からんけれど

まぁ近いうちに墓参りには行くよ。

でたらめばかりだねと笑っていたけれど

もう一度くらいその顔が見たかったよ。

ありがとう

いつになるか分からないけれど、僕が

しんだときにでも会おう。

てんごくかじこぐかわからんけどさ

ルンバでも踊りましょ♩

 

柄にもないことしてみたよ。

12月5日 おやすみ

 

 

 

音楽のこと 仕事のこと 未来のこと

音楽のこと

今年も残すところ僅か。沢山のアルバムを聴いた。どうしてもhostess系のミュージシャンが多くなる。ただ、これもいつまで続くのだろうか。フジロックサマソニも結局、人を集めている洋楽のバンドはピッチフォークの評価と比例していたり、なんか自分自信もそうだけどそういうメディアに踊らされるかのように音楽を聴いている。それにはちょっと嫌悪感。

まぁ、結局、好きなってきいてるんだけどさ。

ただ、Punpeeのアルバムは本当に素晴らしい。Japanese HipHopだとかジャンルなんか関係なく素晴らしい。

久しぶりにアルバム1枚通して何回もリピートで聴いている。 

こんなに熱中して聴くアルバム、これから先、何枚あるんだろうか。。

 

リアムギャラガーのアルバムは最低で何の進歩も無くて、どんどん冷めている自分がいて、買うこともない。未だにoasisは最高だと言っているようで悲しくもある。

そんなに中、ノエルはソロになってから年々良くて、新譜もまだ数曲しか聴けてないけど、どれもかっこいい。

 

仕事のこと

色々な事ができるようになって、今では僅かながら収入もできてきた。ただこれからって時に僕は保っていられるだろうか。途中で投げ出すようにフェードアウトしないだろうか。そんな心配をしながら毎日毎日働いている。

普段の業務のあとには個人の仕事を夜中までして、休みの日は自分が関わっているバンドの手伝いをして、こんなにも充実しているのに、身体を気にかけているのが不憫でならない。

 

未来のこと

例えば未来がすでにあるとして、だけど僕は、あがき進んで行くんだろう。

今のうちに、色々なものごとを記憶しておきたくて、写真をとったり、音を録音したりしているけれど、これらはデジタルだから色褪せることない。それはそれで悲しいから現像したり、テープに落としたりして、劣化するようにしていきたくて。

僕がいなくなったときにそんなものを見たり、聞いたりして最後には笑い話なればいいな。

 

誰だって過去の過ちや恥ずかしいことを帳消しにしたくて、そんなでタイムマシンなんか求めたりするけれど、誰も時は戻せなくて。まぁ、しょうがないから酒飲んだりして、忘れようとするんだ。

きっと先は不確定で不安定だから、それでも普通じゃつまらないってあがいてみるけど、特別なことの方が案外めんどくさかったり。

君と出会った日のこと覚えているよ。イヤホンを耳につけて階段の下でまっていてさ。

なんて声をかけようか階段を降りながら考えたっけ。

あれから数えて今日で何年目だろうか。

 

また、過去のこと。あぁ。いやになっちゃうね。

それも含めて笑い話になって、昔話になったらいいな。

 

例えば未来がすでにあるとして、僕は あがき進んでいくのだろう。

 

働くこと

今までできていた仕事が出来なくなって、戦力外通告とともに大阪に飛ばされて半年。

理由は勿論、病気だから。ある種、使いづらいが切る事は出来ない。まるで厄介者扱いだ。

 

大阪では今までやってきた仕事とは180度違ってお客のクレームから海外の案件まで様々。

そして正社員から契約社員に降格。

ようやく地上に出てきたと思ったら、この仕打ちか。

 

ただそれも考え方次第でどうにでもなるもんだと思った。契約社員はよく言えば自由が効く。

そんなこんなで始めた個人の仕事も最近ではようやく軌道にのって僅かではあるがお金も稼げるようになった。

好きなことして生きていく なんてコピーを見るが、それも全部が間違いではないのだと思う。

少なからず、生活できる範囲のお金は確保して、あとは好きなことして生きていく。

 

暮らしは以前よりも豊かになった。心も条件付きで安らかを覚えた。

 

それでも時にはロープをドアノブにぶら下げたくなる瞬間もある。

何もかも望んではいけない。失うものがあって得るものがある。鋼の錬金術師で言うところの等価交換というやつでしょうか。

人間、簡単に手に入れたもの価値は無いのだと思います。

僕は寿命と引き換えに好きなことで生活できる術とその時間を手に入れたわけで。

ただ、支払った対価は大き過ぎてるような気もする....

 

生きるやら死ぬやらなんやらと本をたくさん読みました。100点終末を迎えたくて。

でもそんなこと正直、どうだって良いと思いました。100点だろうが0点だろうが死ぬのは皆同じ。死後の世界もどうだっていい。行きゃわかるし。これもまた、未知との遭遇だね。

 

そんなこんな好きなことしていていたら、11月に尼崎のフェスに呼んでもらえた。

12月には大きな大きな年越しのやつに今アシスタントしているバンドが出るなど嬉しいこともある。

まだまだやらねば。